バックスクリーン3連発とは?1985年阪神打線のスタメンや成績と佐野


どうもみなさん!こんにちは。カズズです。

 

みなさんは、こんな言葉を聞いたことがありますか?

 

バックスクリーン3連発

 

この言葉は、阪神タイガースに深く関係がある言葉のひとつなので

 

阪神ファンはご存じかと思いますが

 

なかには知らない人も多いかと思いますので

 

今回はそんなバックスクリーン3連発について詳しく紹介して行きたいと思います。

 

バックスクリーン3連発とは?

みなさん野球においてバックスクリーンって知っていますか?

 

バックスクリーンとは

 

野球の試合などでバッターやキャッチャーまたアンパイヤなどがピッチャーの投球を見やすくするためにスタジアムのセンターの後ろに設置されている領域のことです。

 

日本ではその上にスコアボードなどが設置されていますが

 

その領域に3連発と言ったらもうおわかりになると思いますが

 

そこにホームランを3人連続で打ったできごとがありました。

 

そうそれは今から30年以上前の

 

1985年4月17日の阪神甲子園球場でのできごとでした。

 

阪神タイガースは、ライバルである読売ジャイアンツの伝統の一戦で、まさに伝説となる攻撃で巨人をたたみかけるのである。

 

それは7回裏の阪神タイガースの攻撃

 

試合は1対3で巨人がリードの2アウトランナーが1・2塁場面でした。

 

巨人のピッチャーは巨人の三本柱のひとりである槙原寛己。

 

当時の阪神のクリーンナップは

 

3番バース、4番掛布、5番岡田のクリーンナップでした。

 

槙原はそのバースに前の打席で打ち取った球種のシュートを投げますが

 

なんとバースは逆転となる3ランをバックスクリーンに放ちます。

 

ぶろ太
バースすげえぇぇぇぇ!

 

逆転された槙原に続く4番の掛布も襲いかかります。

 

逆転にショック槙原の投じた高めのストレートを見事バックスクリーンの左に放り込みます。

 

そして、完全にグロッキー状態の槙原に追い打ちをかけるかのように

 

5番岡田がダメ押しとなる3者連続のホームランをバックスクリーンにたたきこみます。

 

この間槙原の投げた球数は6球での逆転劇でした。

 

このできごとに阪神ファンの間では「伝説の3連発」とも呼ばれ今もなお、語り継がれている。

 

その後のバッター6番佐野仙好(さののりよし)について!


勝負強さに定評がある佐野選手でしたがこのバックスクリーン3連発の後の打席はピッチャーも変わっていて鹿取になっていたこともありあえなく凡退します。

 

4連発には続けなかったが、このバックスクリーン3連発のあった1ヶ月後に槙原寛己から代打満塁ホームランを放つなど

 

この年の阪神の日本一となる打線になくてはならない存在として活躍しました。

 

優勝を決めるヤクルト戦では同点となる犠牲フライを放つなど

 

つなぎ役として、また勝負を自分で決めるバッティングもできこの年のチームになくてはならない選手だったと言えます。

 

ガッツ溢れるプレーで、漢字をそのまま訓読みで読んだ「センコー」のあだ名で親しまれていた佐野選手

 

ぶろ太
先生みたいなニックネームやん!

 

過去には1977年4月29日の川崎球場での試合では、大飛球をフェンスに激突した際にコンクリート剥き出しだったフェンスに頭を打ち気を失う大事故がありました。

 

そこからの復帰は、簡単ではなかったと思われますが

 

それを乗り越えての活躍に当時こ阪神ファンは心を打たれたことは言うまでもない。

 

バックスクリーン3連発の1985年のスタメンや成績は?

1985年4月17日の阪神のスタメン

 

打順 守備位置 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁
1 真弓明信 .322 34 84 8
2 弘田澄男 .262 3 19 21
3 R.バース .350 54 134 1
4 掛布雅之 .300 40 108 3
5 岡田彰布 .342 35 101 7
6 佐野仙好 .288 13 60 1
7 平田勝男 .261 7  53 6
8 木戸克彦 .241 13 32  0

 

こうやってスタメンを見てみると、とにかく打線がすごい!

 

まず4番が、真弓、掛布、岡田、バースの4人いる。

 

それだけではなく、2番を打つ弘田は試合数が85試合打席数も269打席と少ないながらも打率が.300近い.296で繋ぎ役として十分に仕事を果たしている。

 

6番の佐野は60打点とクリーンナップの後を打つのに相応しいくらいの勝負強さ、7番の平田は守備で貢献。

 

キャッチャーの木戸は守備はだけではなくキャッチャーにして2桁となるホームラン13本を数え、キャッチャーにして一発の怖さもある。

 

まさに、息つく暇がない。

 

相手ピッチャーとしては、最もこわい強力な打線と言えるのではないでしょうか?

バックスクリーン3連発がこれほどまでに伝説となった理由!

バックスクリーン3連発がこれほどまでに伝説となった理由を考えてみました。

 

そもそも何故この1985年の三者連続ホームランがピックアップされるのでしょうか?

 

その理由は、やはり阪神タイガースが唯一日本一になったというのが要因にあげられます。

 

その証拠に阪神タイガースの3者連続ホームランは通算9回あり

 

2003年の阪神タイガースがリーグ優勝をした年の3連続ホームラン

 

濱中治、片岡篤史、ジョージ・アリアスの吉見祐治から放った連続ホームランは

 

「平成の3連発」と呼ばれています。

 

これらを踏まえて、やはりリーグ優勝や日本一になった年の3連発は、特にピックアップされ話題になり

 

名前をつけて語り継がれて、伝説となったと思われます。

 

ぶろ太
まあ阪神タイガースが唯一日本一になった年やもんな!そら伝説になるわな!

まとめ

みなさんいかがだったでしょうか?

 

今回はバックスクリーン3連発について記事を書かしていただきました。

 

バックスクリーン3連発は今からさかのぼること30年以上前

 

阪神タイガース対読売ジャイアンツでの甲子園の伝統の一戦

 

槙原寛己から

 

クリーンナップのバース、掛布、岡田のバックスクリーンのホームランから来ています。

 

これほどまでに伝説となった理由は、やはり阪神タイガースが唯一日本一になった年のできごとであったために

 

今も伝説として語り継がれているのだと思います。

 

次はプロ野球でどんな伝説が生まれるのでしょうか?楽しみですね。

 

今回は記事を読んでくれてありがとうございました。

 

ではまた~!


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