大木貴将とは?彼女や結婚や子供は?独立リーグから這い上がった?守備の評価も!


どうもみなさん!こんにちは。カズズです。

 

プロ入りの時点で既に華やかなスターとしての輝きを放つ選手がいる一方で、苦労人という言葉が似合う選手がいます。

 

例えば、失敗や挫折を繰り返しながら、それでも這い上がってきて、憧れのプロの世界へ飛び込むことができた選手。

 

そして、そこでもしぶとく生き残ろうとしている選手です。

 

ぶろ太

不死鳥みたいやな!

 

そんな苦労人という言葉がピッタリな選手の1人が千葉ロッテマリーンズの大木貴将選手です。

 

今回はそんな大木貴将選手について見ていきたいと思います。

大木貴将選手のプロフィールを紹介!

氏名   大木 貴将(おおき たかまさ)

生年月日 1991年11月22日 (27歳)

出身地  千葉県君津市

出身校  拓殖大学江陵高等学校

身長   183センチ

体重   84キロ

血液型  B型

入団   2012年ドラフト4位

背番号    10

あだ名

経歴

拓殖大学江陵高等学校

日本大学(中退)

香川オリーブガイナーズ(2013~2015)

千葉ロッテマリーンズ(2016~)

応援歌

 

大木貴将とは?プロ入り前の活躍とプロ入り後の活躍を紹介!

大木貴将選手のプロ入り前とプロ入り後の活躍を紹介して行きたいと思います。

 

大木選手は1991年11月22日生まれで、千葉県君津市の出身です。

 

小学校の3年生の時から野球を始めた大木選手は、地元千葉の名門、拓大紅陵高校の出身です。

 

高校時代は、第91回選手権大会の千葉予選での準優勝が最高成績で、甲子園の土は踏めていません。

 

ちなみに1学年下には、後に北海道日本ハムファイターズにドラフト2位指名で入団する加藤貴之投手がいて、大木選手にとって最後の夏となった大会でのエースは当時2年生だった、この加藤投手だった。

 

高校卒業後は、これも名門日本大学へ進み硬式野球部に所属しましたが、2年生時に退部、大学も中退しています。

 

理由は、当時の監督と相性がよくなかったからだということらしいです。

 

ぶろ太

人間関係があれやったんやな…

 

その後、2013年に独立リーグの四国アイランドリーグ、香川オリーブガイナーズに入団しました。

 

2013年は32試合に出場した大木選手、翌2014年にはセンターとしてレギュラーを獲得しました。

 

2015年にはライトとセカンドとして68試合に出場し、首位打者と盗塁王のタイトルを獲得しました。

 

この活躍が認められて、2015年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから育成ドラフト1位指名を受けてプロ野球選手としてのスタートを切りました。

 

育成選手としてプロとしてのスタートをきった大木選手ですが、ルーキーイヤーの2016年7月29日に支配下選手登録され、背番号68を背負うようになりました。

 

このシーズンはイースタンでセカンド、ショート、外野手として出場し、チーム最多となる16盗塁を記録しています。

 

そんな大木選手が出場登録選手として初めて1軍に登録されたのは、翌2017年9月21日で、その日の埼玉西武ライオンズ戦で代走として1軍初出場をはたし初打席も経験しています。

 

そして、翌9月29日のオリックス・バファローズ戦ではサードでプロ初となる先発出場を果たし、初安打初盗塁も記録しています。

 

結局2017年は9試合に出場し2本のヒットを放っています。

 

飛躍が期待された翌2018年でしたが、1試合の出場にとどまってしまいました。

 

そして、今シーズン2019年は、9月9日現在、1軍出場はありません。

選手の特徴とプレースタイル!守備や打撃や走塁の評価は?

大木選手は174センチ73キロの右投げ左打ちの選手です。

 

独立リーグで首位打者と盗塁王を獲得したように、シュアなバッティングと俊足、そして内外野色々なポジションが守れる器用さが売り物です。

 

守備範囲も広く堅実で、守備からリズムを作る選手です。

 

足もはやく特に50メートル5秒8、1塁までの到達タイムが4秒を切る俊足は高い評価を得ています。

 

ぶろ太

足はええええええええええ!

彼女や結婚や子供は?

大木貴将選手は2016年1月7日に一般女性の方と結婚、入籍しています。

 

亜咲紀さんという女性で4年半交際していたそうです。

 

カズズ
亜咲紀さんは当時金子亜咲紀さんといい神奈川県在住で同い年でした。

 

子供さんについての情報等は今のところないのですが、大木選手の苦しい時代を支えてきた存在だったのでしょうね。

 

結婚後すぐにプロ入りした大木選手は、寮に入らなくても済んだのですが単身で入寮しました。このあたりにも、プロとして生きていくのだという大木選手の決意が見て取れますね。

独立リーグから這い上がった苦労人でユーティリティも兼ね備えた選手?

大木選手は名門拓大紅陵高校から日本大学というエリート街道を歩んでいた選手ですが、2年生で大学を辞めてから一旦は独立リーグに所属し、そこから這い上がってきた選手です。

 

一度は、華々しい舞台にいた選手でもありますから、大変な苦労があったと思われます。

 

そんな辛い時代を経験した大木選手は、プロの世界でも這い上がるために、本職のセカンド以外でもショートや外野もこなすなどユーティリティープレーヤーとして頑張っています。

まとめ

千葉ロッテマリーンズの苦労人大木選手について見てきました。

 

独立リーグ時代には、当時、大リーグから帰国し、一時、同じ四国アイランドリーグにいたレジェンド・阪神の藤川球児投手から8打数4安打の対戦成績を残し

 

「間違いなく使える選手、僕のイチオシ」という評価をしてもらった大木選手。

 

苦しい時代を支えてくれた亜咲紀夫人のためにも、プロの世界で持ち味のしぶとさを活かして生き残って欲しいですね。

 

今シーズンは、まだ1軍での出場がない大木選手ですから、まだまだ若い選手でもありますから、チャンスを掴んで欲しいものです。

 

今回は記事を読んでくれてありがとうございました。

 

ではまた~!


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