伊志嶺翔大とは?彼女や結婚や子供は?ハーフ?背番号5も変わり崖っぷち?


どうもみなさん!こんにちは。カズズです。

 

千葉ロッテマリーンズの外野陣には、今年大阪桐蔭から藤原恭太選手が加わり、早くも話題を呼んでいますが、実は、ブレイクしそうで仕切れない選手も多いのです。

 

シーズン通して出場できる絶対的なレギュラーが少ないなか、崖っぷちで頑張っている選手達がいます。この伊志嶺翔大選手もそんな選手の1人です。

 

大きな期待を背負って入団してきた選手ですが、既に中堅と呼んでいい年齢にさしかかってきました。

 

今回はそんな伊志嶺翔大選手について見ていきましょう。

伊志嶺翔大選手のプロフィールを紹介!

氏名   伊志嶺 翔大(いしみね しょうた)

生年月日 1988年5月12日 (30歳)

出身地  沖縄県平良市(現:宮古島市)

出身校  沖縄県尚学高等学校

身長   179センチ

体重   79キロ

血液型  A型

入団   2010年ドラフト1位

背番号    38

あだ名  

経歴

沖縄尚学高等学校

東海大学

千葉ロッテマリーンズ(2011~)

応援歌

熱い風巻き起こせ 情熱込めてゆけ(イーヤーサーサ)

さぁ遠くまで遠くまで飛ばそうぜ チバリヨ 伊志嶺

伊志嶺翔大とは?プロ入り前の活躍とプロ入り後の活躍を紹介!

伊志嶺翔大選手のプロ入り前とプロ入り後の活躍を紹介して行きたいと思います。

プロ入りまでの伊志嶺翔大選手の活躍

伊志嶺選手は1988年の5月12日生まれですから、今の時点で、もう30歳なんですね。

 

その名前から連想されるように沖縄県の出身で、平良市、現在の宮古島市で産まれています。

 

小学校1年生の時にスポーツ少年団で野球を始めたそうですが、海に飛び込んで魚を採ったりしていた野生児のような少年だったようです。

 

そんな伊志嶺少年が野球選手を志すきっかけとなったのが、宮古島にキャンプに来ていた当時オリックス・バファローズだったイチロー選手からサインを貰ったことだったようです。

 

ぶろ太
そらイチローからサインもらったらそうなるわな!

 

また、この時期、高校で陸上部の指導をされていたお父さんの指導を受け、陸上選手としても優勝したりしています。

 

中学では軟式野球部に所属し、ピッチャーの他、内外野を守って活躍するのですが、陸上選手としても県大会で優勝するなどの活躍を見せ、陸上選手としても有名校から勧誘されていたようですね。

 

しかし、高校は甲子園を目指して沖縄尚学高校へ進みます。

 

高校時代は2度の甲子園出場を果たすも、3年生の春に左肩を脱臼したこともあり目立った活躍はありませんでした。

 

そして大学は東海大学へ進みます。

 

入学当初は高校の時に痛めた肩のリハビリに努めていた伊志嶺選手ですが、2年春からはレギュラーに定着し、国際大会の日本代表選手にも選ばれています。

 

そして、首都リーグでベストナインに4度選ばれ、日本代表では3年秋から、東海大学でも4年から主将の重責も担っています。

 

大学時代はリーグ通算63試合で打率3割2分5厘、40打点の活躍を見せ、大学No.1野手と評価されていました。

 

そして、2010年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズと、あの少年の頃からの想い出のあるオリックスバファローズとの競合の末、ドラフト1位でマリーンズへの入団が決まりました。

 

背番号は5です。

プロ入り後の伊志嶺翔大選手の活躍

ルーキーイヤーの2011年の開幕を1軍で迎えた伊志嶺選手は4月14日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦の8回にプロ初打席に立つと、プロ初となるヒットを、それも3塁打を放ちました。

 

5月頃には外野のレギュラーポジションをつかむと、この年の新人では唯一規定打席に達し、新人としては2001年の阪神タイガースの赤星憲広選手以来となる30盗塁も記録しています。

 

最終的に、このシーズンの記録は126試合に出場し、打率2割6分1厘、2ホームラン、21打点、32盗塁となります。

 

プロ野球選手として順調なスタートを切った伊志嶺選手ですが、ここからが苦難の道となります。

 

2012年はオープン戦では1番打者として固定されるなど期待されましたが、結局は調子があがらず、開幕スタメンからも外れてしまい、その後も調子があがらないままでした。

 

その後も、調子はあがらないまま、2016年には、ついに怪我の影響もあり3試合の出場に留まり、ヒットを打つことができませんでした。

 

そして、この年、背番号が入団以来つけていた5から38に変更となりました。

 

背番号が38になった以降の2017年、2018年シーズンもそれぞれ52試合、18試合の出場に留まっています。

伊志嶺翔大選手の特徴やプレースタイルは?

伊志嶺選手について特筆すべき点はやはり、その走力です。

 

陸上でも有名校から誘いがきたくらいのその脚力は、50メートルでは5秒7を記録し、守備では広い守備範囲を誇っています。

 

また、バッティングはリストの強さを活かした広角に打ち分けるスタイルが持ち味となっています。

伊志嶺翔大選手の彼女や結婚や子供は?まさかハーフ?

伊志嶺選手については、彼女や結婚、お子さんに関する話題を調べてみましたが、あまり情報がないのですが、唯一彼女の存在が報じられたことがありました。

 

それも写真週刊誌「FRIDAY」でです。

 

2013年のことですが、フリーアナウンサーの南波糸江(なんばいとえ)さんという方との熱愛が報じられていましたが、南波さんは2015年に一般の男性と結婚されてますね。

 

そして、そのホリの深い顔立ちからハーフではと噂され、実際に大学時代には他校の監督からイケル」と呼ばれていたそうですが

 

こちらの方も、それを裏付ける情報というのは見つかっていません。

 

まあ、沖縄地方の方の顔と言えば、そういう気もしますが。

背番号も5から変わり、崖っぷちか?

伊志嶺選手はすでに30歳を迎えていいます。

 

大学No1野手との評価を受けて、競合の末、マリーンズに入団したのですが、未だルーキーイヤーの輝きを取り戻すまでにはいたっていません。

 

そんな中で、入団時に着けていた背番号5も手放すこととなり、トレードや戦力外の噂も絶えません。

 

崖っぷちとも言える伊志嶺選手ですが、しかし一方では、その潜在能力に対する評価は高いものがあるので、何とか、頑張って欲しいものですね。

まとめ

みなさんいかがだったでしょうか?

 

今回は千葉ロッテマリーンズの伊志嶺翔大選手について見てきました。

 

愛着のある背番号を手放すということは、プロ野球選手にとっては辛いことだと思います。

 

何とか、今背負っている背番号が輝く日を待ちたいものですね。

 

今回は記事を読んでくれてありがとうございました。

 

ではまた~!


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