バンビーノの呪い!ベーブルースがレッドソックスからヤンキースへ


どうもみなさん!こんにちは。カズズです。

 

みなさん「バンビーノの呪い」って言葉、聞いたことありますか?

 

特別、私達の生活に関係ある「呪い」などではないのですが、アメリカのメジャーリーグでまことしやかに囁かれていた都市伝説のひとつです。

 

バンビーノと言われてもピンとこないかもしれませんが、「ベーブ・ルース」と言えば、おわかりですよね。

 

そう「バンビーノの呪い」とは「ベーブ・ルースの呪い」なのです。

 

それでは、そのバンビーノの呪いについて見ていきましょう。

 

バンビーノの呪いの背景!ベーブルースがレッドソックスからヤンキースへ!

バンビーノの呪いのバンビーノがベーブ・ルースだということは先ほど述べました。

 

童顔で天真爛漫なところもあった彼の愛称が赤ん坊という意味のバンビーノだったのです。

 

ベーブ・ルースは言わずと知れたアメリカメジャーリーグを代表する選手で、野球殿堂入りした最初の5人のうちの1人です。

 

生涯で714本のホームランを放ち、この記録は39年間破られることはありませんでした。

 

彼がバッターとして活躍したのはニューヨーク・ヤンキースだったこともあり、彼のイメージはヤンキースのピンストライプのユニフォーム姿が思い浮かぶかもしれませんが、彼のメジャーでのプレーは1914年のボストン・レッドソックスでスタートしています。

 

そして、レッドソックス時代の1919年までにピッチャーとして89勝、バッターとしても49本のホームランを放っています。

 

ぶろ太
今でいう二刀流やな!

 

そんな彼に転機が訪れたのは1919年オフです。

 

その年、バッターとして29本塁打、ピッチャーとしても9勝を挙げていたベーブ・ルースがニューヨーク・ヤンキースに金銭トレードで放出されたのです。

 

背景にはレッドソックスのオーナーで演劇関係のプロジューサーでもあったハリー・フレイジーの舞台製作のための資金造りがあったとも言われています。

 

そして、この年からボストン・レッドソックスは不思議としかいいようのない長いトンネルに入ってしまい、ワールドシリーズチャンピオンから遠ざかっていくのです。

 

また、呪いと言われる背景には、ベーブ・ルース自身が、ボストンの、のどかなゆったりとした環境の中では私生活も順調だったのに、ニューヨークへ移って以降は都会の生活になじめないまま、また華やかな世界に身を置き変わっていくベーブ・ルースと距離を置き始め、別居、火災によりなくなった夫人のこと、そして彼自身が53歳の若さで癌でなくなっているのも関係しているのかもしれません。

 

バンビーノの呪いの軌跡

では、実際のバンビーノの呪いの軌跡を見ていきましょう。

 

ベーブ・ルースが放出されるまでの1900年から1920年までのレッドソックスは華々しい成績をおさめます。

 

1903年のリーグ初優勝、初めてのワールドシリーズ優勝を皮切りに、1910年代にはリーグ優勝4回、ワールドシリーズ優勝4回とまさしく黄金期を演出しました。

 

それがベーブ・ルースを放出した1919年以降、ワールドシリーズチャンピオンから遠ざかってしまうのです。

 

その間、例えば、1978年には途中ヤンキースに14ゲーム差をつけるも逆転負け、1986年にはニューヨーク・メッツとのワールドシリーズ、3勝2敗で迎えた第6戦、あとワンアウトというところから暴投やトンネルも重なってサヨナラ負けを喫してしまい、このシリーズのチャンピオンになることができませんでした。

 

2003年には、ワールドシリーズ進出をかけたヤンキースとの戦いであと5対2と3点リードで8回を迎え、あとアウト6つまできてから、追いつかれて、結局、サヨナラ負けを喫しています。

 

このように、まさしく呪われているとしか言いようのないようなシーズンが続くのでした。

 

バンビーノの呪いが解けた瞬間

そして、バンビーノの呪いに終わりが来ます。

 

2004年シーズン、リーグチャンピオンかけて、レッドソックスは因縁のヤンキースと戦います。

 

しかし、3戦目を終えて、レッドソックスの3連敗、絶体絶命の危機です。

 

またもやバンビーノの呪いかと思われていました。

 

そして迎えた第4戦も試合は、レッドソックスの劣勢のまま、3対4の1点ビハインドの状態で9回裏を迎えました。

 

ところが、レッドソックスはここから同点に追いつき、延長戦でこの試合をものにするのでした。

 

レッドソックスはこの勝利で勢いを得て、次の試合からも3連勝を果たし、見事、大逆転でワールドシリーズ進出を果たしました。

 

そして、ワールドシリーズでは、カージナルスに4連勝し、86年ぶりにワールドシリーズチャンピオンとなることができたのでした。

 

これで、バンビーノの呪いは解けたと誰もが思いましたが、2005年のシーズン開幕時には、ヤンキースファンに「バンビーノの呪いは優勝できなくなるのではなく、86年に1度しか優勝できなくなることだ。」

 

と騒がれたりもしましたが、これも3年後の2007年にワールドシリーズチャンピオンに輝いたことで、「バンビーノの呪い」は終焉を迎えました。

 

このように「バンビーノの呪い」という言葉の中には、並ぶこのとのない記録に彩られた稀代の名選手ベーブ・ルースの数奇な運命も反映しているのかもしれませんね。

まとめ

みなさんいかがだったでしょうか?

 

今回は、バンビーノの呪いについて記事を書かしていただきました。

 

バンビーノの呪いというのは、ベーブ・ルースの呪いのことだったんですね。

 

ベーブ・ルースはヤンキースのイメージが強かったんですが、彼のメジャーでのプレーはレッドソックスでスタートさせてたんですね。

 

野球はとても伝統のあるスポーツで様々なできごと、伝説や歴史があるということを今回のバンビーノの呪いで知ることができましたね。

 

またベーブ・ルースの本で、こんな本があります。

 

 

沢村英治の好投で有名なメジャーのオールスターチームの来日を追ったノンフィクションの本で、来メジャーリーガーの様子や試合内容はもちろん、日米開戦前の日本の軍の動き、日米関係の状況等が、よくまとめられておすすめです。

 

気になる方は一度読まれてみては?

 

今回は記事を読んでくれてありがとうございました。

 

ではまた~!


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